2019年5月23日木曜日

日本発のアミノ酸製造技術

(写真 味の素社HPから)

東南アジアの食堂ではテーブルに味の素®のびんが置かれ、人々はつゆが白くなるほど味の素®をかけて食べるという話を聞いたことがある。ヌードルを頼んで食べたら妙においしいので何が入っているのかと思ったら、味の素だったとも。

このようなはなしは、味の素®という日本人になじみ深い調味料が日本以外の国でも広く受け入れられていることを私たちに教えてくれる。

ご存知の方も多いだろうが、この味の素®の正体はグルタミン酸ナトリウムという化合物である。グルタミン酸は、うまみ成分として知られる以前にアミノ酸の一種として知られていた。味の素®の開発は、かつて存在しなかった新規な調味料を生みだしたという点において画期的であったばかりでなく、世界で初めてアミノ酸を商品化したという点においても画期的だった。

ここでアミノ酸について簡単に説明する。

アミノ酸とはタンパク質の構成成分である。化学構造として、同じ分子の中にアミノ基(-NH2)とカルボキシル基(-COOH)を有する化合物を、総じてアミノ酸と呼ぶ。アミノ基とカルボキシル基の結合する炭素の位置によって、α、β、γ、などのアミノ酸が存在する(図2.1)。


2.1 α、β、γーアミノ酸の構造式
タンパク質を構成するのは、このうちのα-アミノ酸である、化学式は図2.1(a)のように示され、Rの違いによって通常のタンパク質に含まれるアミノ酸は20種類である。その20種類とは、グリシン、アラニン、バリン、ロイシン、イソロイシン、セリン、スレオニン、システイン、シスチン、メチオニン、フェニルアラニン、チロシン、トリプトファン、プロリン、アスパラギン、グルタミン、アスパラギン酸、グルタミン酸、リジン、ヒスチジン、アルギニンである1)

このような生体内での意義のほかに、商品としての利用価値を見つけたのが東京帝大理学部の教授池田菊苗であった。池田は1907年、妻の買ってきた昆布のうま味に興味を持ち、それを人工的に作り出せないかと考えた。彼は大学の実験室で昆布のうま味成分の抽出実験をはじめ、そのうま味成分がグルタミン酸と一致することを見出した。また、グルタミン酸の酸味を除くための工夫をして、ナトリウムを使って中和するとよいとの結論に至った。この化合物を工業化することを求めた池田は、さらにグルタミン酸ナトリウムの製造方法を考案して特許を取得した2)

その特許は「『グルタミン』酸塩ヲ主要成分トセル調味料製造法」を名称とする特許第14805号である。そこには、強酸を用いてタンパク質若しくはタンパク質含有物を加水分解して生じた生成物を塩基によって中和する方法が記載されている3)




工業化を望んだ池田は、特許取得とともに実業界の各方面に対して、この特許を使用した新しい調味料の事業化を働きかけたが、なかなか受け入れられなかったようである。味の素の社史は、明治以来の日本では海外の先進技術を導入することに重きがおかれ、国産技術は信用されていなかったことをその一因としてあげている2)。最終的に池田は鈴木製薬所(味の素の前身)の二代三郎助に事業化をもちかけた。鈴木は、この新規なうま味成分に商機を感じたのであろう、これを承諾し、それによって味の素®の商品化への道がひらけた。とはいえ、それまで誰も聞いたことのない調味料を売り出すことは決して簡単なことではなかったようである。鈴木はさまざまな方法で広告をし、販路開拓の努力をしている。広告するにも誰も聞いたことのない商品であったため、商品の使い方の説明から始めなければいけなかったそうである4)

また、製造技術の問題もあった。池田の開発した方法は、小麦のグルテンまたは大豆たんぱく質を塩酸で加水分解し、分解液からグルタミン酸ナトリウムを分離・精製するという方法であった。しかし、原料を輸入に依存するため、海外の事情によって量的な制限を受け、また国内の農業保護のために輸入規制されたので価格が高かった。さらに、塩酸を使用するため設備がすぐに腐食したし、公害の原因にもなった。そのような問題を克服するためにさまざまな工夫がされたが、根本的な解決にはいたらず、新たな製法をみつけることが必要となった。そのために化学合成法と発酵法の二つの方法が研究され、最終的に発酵法が採用されるに至った1)

ここで考案された発酵法は、日本で生まれた技術として現在のアミノ酸生産技術の中核をなしている。この技術についてもいずれ解説したいが、今はここまでとする。

参考文献
1) 中森茂、アミノ酸発酵技術の系統化調査、国立科学技術博物館 技術の系統化調査報告第11集、2008
2) 味の素、味の素グループの百年史、序章
3) 特許第14805
4) 味の素、味の素グループの百年史、第1章

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