小川哲という直木賞受賞作家を語り手とする『君が手にするはずだった黄金について』に連なる短編。主人公は直木賞受賞1か月後に地方市議会議員の幸田秀吾という男から祝電を受け取り、幸田が誰かを思い出そうとする。浮かび上がったのは「スマイル」と呼ばれていた小学校6年生のときの担任。5年生のときの担任が学級を掌握できなくなり荒れた中で交代した若い教師は徹底的に「いい」人で「いい」ことをしたくなるように仕向けることで生徒の心を掌握していく。例えば、「ホメホメ係」、「感謝の木」。彼の進めるルールは「いい」ことなので反対のしようがないし、生徒たちも褒められると気持ちがいいので、もっと褒められようとしてそのためだけに目につく「いい」ことをする。主人公はその多幸感や教室の空気に新手の収容のような気持ち悪さを感じるが、そういう彼はクラスでは少数派だ。原武史さんの『滝山コミューン1974』が1990年代に甦ったかのようだ。「滝山コミューン」の世界は私にとって既視感のあるもので、私の小学校も振り返ると同じ空気があったし、その後何度も同じような集団を目撃してきて、それが普遍的であるゆえに怖いと思う。この怖さを小説でどう描けるのだろうと思っていたところで、この作品を読んで、このように日常的な作品として描けるのかと感心した。小川さんは、陰謀論にはまる人の話も書いていたけれど、人が何かに支配されていく様子に関心を持っている作家なのだと思う。
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