ネット上で、自分の関心を引こうと待ちかまえている多量の情報にさらされてアップアップしてしまうのは私だけだろうか。毎日、関心のスイッチの切断と接続が目まぐるしく繰り返される。自分の思考が断片化されすぎて、一日の終わりに、自分が誰なのか分からなくなる。そのような巨大な力に飲み込まれていくことに漠然とした恐怖を感じたのが、ツイッターを見るのを控えるようになった個人的な理由だ。
私のその不安を、まさにそのまま表現していたのが、ジア・トレンチーノだった。NYタイムズの書評ポッドキャストで彼女について聞いた時、彼女のことをもっと知りたくなって早速ネットをあさった。(ネットをすべて断捨離したわけではなく、何かしらのつながりを欲してポッドキャストを聞いたり、オンライン記事を読んだりはしていた。)昨年彼女の新刊"Trick Mirror"が出たばかりだったので、そのプロモーションのための動画やインタビュー記事が多く見つかった。彼女が雑誌ニューヨーカー*のスタッフライターであり、それ以前はジェゼベルというフェミニズムウェブ媒体の編集をしていたことがすぐわかった。
ジアは、インターネットについて、それが個人的なアイデンテティーを世界の中心におくプラットフォーム上に構築されていると語る。つまり、見晴らしのよい地点にすわって世界を見渡すと、すべてが自分自身の反映に見える、と言う。そして、自分の個性が収益化(monetize)されていく。自分の努力、自由時間、人間関係、余分な部屋等々、最後の一滴まで(笑)、お金に変えることを誘導され、求められる。彼女の話には、奇妙な既視感があった。よく考えると、それは、2010年の日経BPの記事『ストック情報武装化論』以降、哲学者・芦田宏直が繰り返し主張していたことだった。2013年に出版された『努力する人間になってはいけない』を開くと、そこにはIT技術の急激に進展した現在社会について「二四時間、人間の個人同士が連絡を取れる体制って何なのかと言うと、二四時間覚醒していなければいけないということです。二四時間、意識を張り巡らしている必要がある。」「放っておいても『お前、反応しろ、反応しろ、返事しろ、返事しろ』という要求が手元に突きつけられることになる。…〈内面〉を強要されるわけです。」とまさにジア・トレンチーノが実感として語っていたことが、予言のように描写されている。
哲学者が概念的にとらえた世界を、所与のものとして生きてきたミレニアル世代*のジアはその状況をどのようにとらえ、どのように対処しているのか、知らずにはいられなくなった。その後数日、私はジア・トレンチーノを検索することに熱中して、ほかのことが手につかなくなった。そんなことをして一体何が得られると思ったのか分からないが、熱に浮かされたような感じだった。しかし、そういった努力はたいてい欲求不満だけが残る結果となる。今回もそうだった。短期間、日常生活を忘れるほど熱中した後、それがどこにも私を連れて行かないことに気づいた。確かにジアの批評は、私の感じている現実を映し出していて共感できる。仲間に飢えた私がそこに飛びつくのも当然だ。でも、だから?その先に何があるの?そう考え始めると、結局、私は彼女の本のプロモーションに乗っかっているだけに過ぎないことに気づく。その過程で自分自身がせっかく得た、もっと重要な(と私が考える)ものを投げ出して。
それは、文化批評的な文章全般に言えることかもしれない。それらの文章は、私を取り巻く現在の文化について新しい視点を与えてくれるという点で面白いし、魅力的だが、だから何なのかと考え始めると、その先には何も見えない。単なる仲間同士の知的なおしゃべりとして消費されるだけで、自分を作り上げてくれるものではない。
もっと重要なものとは何か。以前のブログで「中身」と呼んだものだ。それを得ていく過程が私にとって一番自由な時間だったのに、この数日間はそこからそれてしまった。その結果、混乱し、妙な焦燥感に取りつかれていた。皮肉なことに、個性が収益化されることを批判的に書くジア自身が私の関心を分散化させていたのだ。
結局、精神的に振り回された心忙しい一週間のあとに一番読みたいと思ったのは、すぐには読み通せないような分厚い専門書なのだった。
もっと重要なものとは何か。以前のブログで「中身」と呼んだものだ。それを得ていく過程が私にとって一番自由な時間だったのに、この数日間はそこからそれてしまった。その結果、混乱し、妙な焦燥感に取りつかれていた。皮肉なことに、個性が収益化されることを批判的に書くジア自身が私の関心を分散化させていたのだ。
*ニューヨーカーと言えば村上春樹の名をアメリカで広く知らしめるのに大きな役割を果たした雑誌だ。ニューヨーカーに掲載されるということは作家にとって大きなプレスティージュで、その影響力は日本では想像できないほどだと村上春樹自身がインタビューで語っている。
*ミレニアル世代…アメリカで2000年代に成人・社会人になる世代。デジタルネイティブと呼ばれる世代でもあり、生まれて物心がつくころにはインターネットをはじめとしたIT技術やパソコン、携帯電話といったIT製品が普及していた環境に育った世代。 https://find-model.jp/insta-lab/what-is-millennials/
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